シリーズ≪パパって何?≫(4)~遊びが過ぎて家族を危険にさらす人~

 
去年の夏、たまたま温泉ホテルの割引チケットが手に入ったので、家族みんなで鬼怒川温泉に行った。
あいにく天気は曇りがちだったが、子供たちはホテルの温泉やプールを楽しんで、我々夫婦も日常を離れて開放的な気分をいささか味わったのである。
日光東照宮にも参詣し、輪王寺の鳴き龍も見学した。
日光では、晴れたり、にわか雨が降ったり、また晴れたりで、落ち着かない天気だったし、子供たちにお守りをいくつか買わされることになったが、父親としてはなかなか楽しかった。

それで一泊した次の日、せっかくなので鬼怒川上流の奥鬼怒温泉まで足を延ばそうという話をした。
奥鬼怒温泉はかなりの山奥で、一般客は車で入れないので、入り口の駐車場で車を止めて、歩いていくか、温泉宿泊客は、宿の送迎車で行くことになる。
 
「大丈夫?雨が降りそうやけど。」
 
という家族の心配をよそに、
 
「大丈夫や。まあ行ってみようや。」
 
と根拠もなく山に踏み込んだのであった。
 
我々は泊り客でもなく、山家の温泉にちょっとつかって帰るという、粋な日帰り温泉客だったので、山道を片道40~50分歩くつもりである。
妻は妊娠7か月くらいだったが、元気に歩いた。
登りはじめに、山から下りてきた中年の女性3人組とすれ違ったが、「そんな恰好で行って帰れないよ」などと言われた。
彼らは登山者の格好をしていたが、我々は普通の街スタイルだったからだ。
が、その忠告を無視して山に入っていったのである。
確かに道は完全に山道で、アップダウンもあり、ちょっとした山歩きだ。
でも、山歩きは楽しかった。道は途中で鬼怒川に沿って進む。流れの音が涼やかで心地よい。
 
  
(ヘビヌカホコリ。粘菌の一種。)
 
「なんか天気悪くなってきたね。」
 
と、妻が言った。
 
上を見上げると、木々の樹冠の隙間からどんよりとした空が見えた。
 
「そうやな、ちょっと急ぐか。」
 
ずいぶん歩いたが、まったく温泉宿がありそうもないのである。
ひたすら山の中だった。
と、急にゴロゴロと雷鳴がとどろき、大雨が降ってきた。  
 
「あちゃ!」
 
父親たる私は痛恨の極みとばかりに叫んだ。
しかし、引き返すにも、道半ばを過ぎている。 
これでは先に進むしかない。 
傘を持ってきていたので、一同傘を差しながら山道を行く。 
みるみる脇の谷川の水量がまし、ごうごうと音を立て始めた。 
歩くうちに、登山道に雨水が流れ込んで道が川のように流れ始めた。
 
「すごい夕立やな。これはまさに夕立やな。」
 
と私は言った。
そのとき、雷鳴がとどろき、稲妻が走った。
 
「ひ!」
 
「もう帰ろうよ」
 
と9歳の長男が怖がって泣きそうになっている。
 
「大丈夫、大丈夫。すぐやむから。ここから帰るより先に進む方がええ。雷ぐらいでびびっとったらあかん。」
 
私は皆を叱咤激励したが、心は後悔にさいなまれていた。
そりゃそうだ。
読みが甘かったと言わざるを得ない。
父親のくせに家族を危険な状態にさらすことになるなんて!
雨雲の様子を見ようと携帯を取り出したが、圏外だった。。。
 
「ほんまに大丈夫?」
 
さすがに妊婦の妻も心配そうだ。皆、靴がびちゃびちゃになっているのは当然のこと、ズボンも膝くらいまではびしょびしょに濡れている。
5歳の長女は案外平気な顔をしているが、足が濡れて気持ち悪いのと寒くなってきたのとで、疲れた~と言う。
それでおんぶして歩くことにした。
リュックは妊婦の妻に背負ってもらう。
やむを得ない。
ただ、足元が悪いのですべらないようにゆっくり進んでもらわないと。
そこからずいぶん長く感じたがようやく、目指す温泉宿を発見した。
一安心だが、雨はいっこうに止む気配がない。
ひとまず、日帰り温泉料を払いつつ、車で送迎してもらえないか交渉だ。
 
「宿泊客以外はやってないんですよね~。でも、奥さん妊娠されてますよね。」
 
と、面倒見のよさそうな女性だ。
 
「ちょっと社長に相談してきます。」
 
夕方の時間でこれから入ってくる泊り客の準備に忙しいので、なかなか返事をもらえなかったが、お金も払ってるので、その間に、露天風呂に入ってしまった。
雨の中、山奥のワイルドな温泉に子供たちと入った。
子供たちは宿についた時点ですっかり元気になり、庭の猫を追いかけたり、雨の中の温泉につかったりして、かなり楽しそうだ。
その様子を見て私は一安心した。
安心している場合ではなかったのだが。
結局、社長の温情で入り口の駐車場まで車で送ってもらった。
家族どころかいろんな人に迷惑をかけてしまったなあと思いつつ、忘れられない思い出となったのであった。
誰も私を責めなかったのは良かった。
こんなこと二度としてはいけないなと思いつつ、またしそうな気がする。
家までの帰り、車で通った峠の道から、日光の山々に広がるすごい雲海が見えた。 
 
Yパパ(小4男子、小1女子、0歳女子)