Vol.1 of 小金井子育て・子育ち支援サイト「のびのびーの!」

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【Vol.1】
はじまりに寄せて:「子どもを理解する」こと

福元真由美

 「子どもを理解する」ことは、子育ての基本だとよく言われています。子どもの気持ちや興味、要求、性格などを理解して、子どもに応じて働きかけることが親には求められているようです。けれども…、わが子と暮らす生活の中では、ときとしてその場では理解しがたいふるまいや出来事に出くわすこともあるのではないでしょうか。
 わたしも、そんな子どものふるまいや出来事にしばしば頭を抱える(笑)親の一人です。とりわけ、忘れられないエピソードがあります。
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 小学校の学校参観に行った時のことです。子どもの教室前のろう下に、海の生き物をかいた絵が、一人ずつはり出されていました。どの絵も、大きな画用紙いっぱいに青や水色の絵の具で海の中が表現されています。色とりどりの魚やエビ、貝などもにぎやかに描かれていました。
 ようやく自分の子の絵を見つけたとたん、わたしは思わず「えっ!?」と驚き息をのみました。なんと海中に二、三羽の鳥がかかれているのです。くちばし、羽、あし…、どうしても鳥に見えるそれらは、魚と一緒に水の中を泳いでいるかのようでした。
 とっさに、いろいろな考えが頭に浮かんできました。一九七〇年代に「四本足のニワトリ」をかく子どもの問題が、学校教育で議論されました。当時は、自然とふれ合う体験が少なくなっているとか、科学的な知識を教えることが大切だとか、家畜についての子どもの考え方を知る必要があるなどと言われました。うちの子はそうした体験や知識が乏しいのか、ものの見方がちがうのか、この絵を見た友達や先生は「おかしい」と感じただろうかと考えると、胸のつまる思いがしてきました。
 それから数週間後、思いがけずして、海中に鳥が描かれた理由を知ることになります。学校から帰ってきた子どもが、こちらに気づくなり「ぼくの海の絵見た?」と聞いてきました。そして満足そうな笑みを浮かべながら、話を続けます。
「ぼく、お母さん鳥をかいたんだよ!赤ちゃんのために、海にビューンて飛びこんで魚をとりに行ったんだ。おじいちゃんちのテレビで見たんだよ。」
わき出てくる言葉とともに、ひじを突き上げた彼の腕が、いきおいよくふり下ろされました。その身振りから、ヒナの食べ物をえようと海に飛びこむ母鳥の力強い姿が、しっかりと伝わってきました。
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 学生のころに読んだドイツの教育哲学者ボルノーの言葉が、このとき脳裏によみがえりました。ボルノーは、人に対して「友好的な理解」と「敵対的な理解」があると言いました。「友好的な理解」は、安心してこころを開く関係によって、相手をさまざまな成長の可能性から見ようとします。「敵対的な理解」は、問題を前提にした緊張関係によって、相手をその不十分さの中に見ようとします。前者では、相手の心の奥底に入りこんでその人を理解することができ、後者では、表面的な理解にとどまってその人本来の姿を見逃してしまうと論じられました。
 鳥の絵を描いた子の経験に寄りそっていくまなざしには、せまい教育的な見方にとらわれた「敵対的な理解」だけでなく、絵の背後に広がる子どもの物語を想像する「友好的な理解」こそ必要だったと思います。
「子どもを理解する」ことは、子どもについて一つの見方にこだわるよりも、むしろ、いろいろな見方を試みることで広がり深まっていくと言えるでしょう。ある時点で理解しにくかったことを、時間をおいて理解し直していくことも、そこに含まれていると言えます。これからはじまるこのコーナーが、お子さんや子育てについてみなさんと考えるきっかけになり、新しい見方をもたらすものになれば、心からうれしく思います。

福元真由美
東京学芸大学 総合教育科学系 教育学講座 幼児教育学分野 准教授。
近代の幼児教育の歴史を中心に研究を行う。保育者を養成しながら、二児の子を育てる母親でもある。
また、幼児教育の実践の観察や検討を通して、保育者と子供との関係づくりや、園環境の構成等にも関心を持って取り組んでいる。

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